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2026-04-12 10:00:00

娘の挙式

3月某日。

一人娘の挙式を迎えました。

やっぱり泣けました。

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娘が保育園年長さんの時に離婚して、

家族や周りの方々に支えられてなんとか大学まで送り出しましたが、

 

たくさん寂しい思いをさせたと思う。

たくさん我慢もさせたと思う。

でも、ママはたくさん愛情込めて育てました。

いつかこの日が来ると思っていたから。

 

顔を見合わせた時から涙が溢れて、

2人で泣きながらバージンロードを歩きました。

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本当に素敵な花嫁姿でした。

 

 

披露宴では演奏もしました。

 

女性としても母としても尊敬しているとメッセージをもらってさらに号泣でした。

 

こんなに幸せな日はありません。

本当にありがとう。

 

2026-01-25 11:00:00

どうして44歳で音大入学をしたのか?

こんにちは。

 

ご覧いただきありがとうございます。

 

私は44歳の時に音楽大学へ入学しました。

どうしてこの年齢から入学を目指したのか?ですが、

 

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 (コロナ禍での入学。大変な時期でした)

 

一言でいうと、

自分の人生を諦めたくなかったからです。

 

この答えにたどり着くまでに、

ずいぶん人生を遠回りしましたが、

お陰でいろんな経験もできました。

 

 

たくさんの感情も味わいましたし、

その人生でしか見えない景色もありました。

 

 

今振り返れば、これでよかったのだと思います。

 

 

それが私の音楽表現の一部になり、

私にしか出せない音だったり、

音楽になっているからです。

 

 

ごまかすことができない音色には、

その人の人生、生き様というんでしょうか、

音そのものが「私」であると思いました。

 

 

高校生3年生の時、

母子家庭で育った私は、家庭の事情で音大に進学ができず、

卒業と同時にクラリネットを吹くのを辞めました。

 

 

十代とはいえ、

私の人生の半分はクラリネットと共にありましたので、

言葉にはできない挫折と、

置かれていた環境を心底恨みました。

 

 

社会人になり、

10年以上のブランクを経て30歳の時にまたクラリネットを吹き始めました。

何度も人生につまずいて、

心が擦り減っていた時、

一度手放した音楽とクラリネットに救われたからです。

 

 

心から大切だと思える音楽仲間にも恵まれ、演奏活動の幅が広がるにつれて

クラリネットを専門的に学びたいと思うようになりました。

 

 

どうしたら自分が出したいと思う音色が出せるのか?というのが

きっかけだったと思いますが、

自分に自信が持てず、

自分自身を見失っていたので、

私をいう人間を音で表現して、

音楽を通して自分に自信を持ちたかったのだと思います。

 

 

40歳の時に、

治療中の病気が悪化して手術が必要となり、

いつ死んでもおかしくないと言われたことで、

一度しかない人生を本気で生きることに決めました。

 

やり残したこと、

後悔していること、

叶えたかったこと。

 

思えば、自分が好きなことを

自分にさせてあげられなかったな。。。

 

自分にチャレンジすらさせてあげてなかったな。。。

 

と思うと、

そういう諦められなかった思いが溢れ出して、

そして音楽大学への門を叩くこととなりました。

 

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(大学の正門にある桜の木。毎年綺麗に咲いていました)

 

もう一度生きるチャンスをもらえたのだから、

絶対に自分にやらせてあげようと心に決めました。

 

会社員を辞め、単身で大学のある大分県に住み、

アルバイトを掛け持ちしながら来る日も来る日も、

受験の為に1日8時間は必ず練習をしました。

 

 

右も左もわからない土地で暮らし、

友だちや知り合いがいなくても、 

自分の決めた道を生きているという充実感が、

私にとって生きる喜びになっていました。

 

受かってもいないのに大学の側で生活するなんて、

無茶もいいところと言われましたが、

だめなら沖縄に戻ればいい。

でも、落ちる前提で来たわけじゃない。

 

自分の中に、ぶれない覚悟が生まれていました。

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(合格発表。嬉しかったです。号泣しました)

 

 

大学では親子程年齢の離れた同期に囲まれ、共に切磋琢磨し、

44歳で入学した私を分け隔てなく導いてくれた先生方にも本当に感謝しています。

 

卒業後は、音色づくりを中心とした個人レッスンと演奏活動をしています。

 

音作りを通して自分自身を探求し、

クラリネットの技術だけではなく、

音楽を通して共に人生の深みを味わうことができればとても幸せなことだと思います。

 

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そして私がこれまで沢山悩んできたことや、乗り越えてきたことを通して、

アドバイスできることがあればお力になれると思います。

 

 

私らしく人生Reスタートしています!

 

 

 

▼30分体験レッスン、クラリネットレッスンも行っています! 

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2025-12-31 13:30:00

2025年もありがとうございました!

こんにちは。

クラリネットの吉川綾乃です。

 

2025年は、本当にたくさんの演奏活動が広がった1年でした。

 

本当にありがとうございました!!

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いろいろ振り返ってみますと、

 

「貫きたいものがしっかり見えた。」

 

 

が、一番大きな発見の一年でした。

 

貫きたいものというのは、

演奏スタイルや、届けたいこと、というんでしょうか。

 

もちろん求められていることに応えることも含まれるのですが、

考えすぎて、頭ぐちゃぐちゃだった私にとって、

結構そぎ落とされてシンプルになってきましたw

 

 

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熱田神宮で感謝と決意を。帰りは、あつた茶屋でいただきました。

 

来年も楽しく頑張りますので、

どうぞよろしくお願い致します。

 

みなさま、どうぞよいお年をお迎えください。

 

吉川 綾乃

2025-10-11 15:34:00

夏の思い出|in 甲子園!!

こんにちは。

クラリネットの吉川綾乃です。

 

前回の記事に続き、夏の思い出を綴りたいと思います。

 

実は、

 

 

今年の夏の高校野球の決勝戦に行ってきましたー!!

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沖縄尚学、優勝おめでとうー!

 

チケットが奇跡的にゲットできた友達に誘われて、

プレイボールに間に合わせて新幹線で行ってきました。

 

郷土愛1,000%の吉川です。

 

毎回、ブラスバンドのハイサイおじさんの曲に合わせて、

ハーイヤ、ヒヤサッサ♪と声援をしていたので声が枯れました。

 

初めて甲子園で観戦した試合が優勝だなんて、

本当に心に残る夏の思い出です。

 

最高でしたー!

2025-09-28 16:38:00

夏の思い出|in 沖縄

こんにちは。

クラリネットの吉川綾乃です。

 

やっと秋風を感じてきましたね。

今年は本当に猛暑。。。

 

暑すぎて、アイスやスイカばかり食べていたような気がします。

 

夏の思い出といえば、8月に実家(沖縄)に帰省しながら、アンサンブルレッスンも行ってきました。

 

 

まずこちら。

沖縄本島から飛行機で30分程のところにある久米島。

 

普段、いつも忙しくしているのであえてフェリーで3時間半かけていきましたw

 

そしてさらに小型の船に乗り換えて、無人島のはての浜へ。

 

シュノーケリングを楽しんできました。

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いかがですか!この海の透明度!!

もう、心が洗われました。。。

 

 

そして、夫からリクエストのあった、那覇市の公設市場へ。

 

見て下さい!この魚たち。

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公設市場は、国際通りと面していて、

高校時代は遊び場だったので、

とても懐かしく、

ウチナーンチュの血が騒ぎました。笑

 

もっともっとお見せしたいですが、続きはまた。。。

 

実は私の夏の思い出は、これだけじゃないので、、、(笑)

 

こうして旅に出て、普段とは違う景色を感じることで刺激されますね。

 

実家で家族と会って、いろんな話をしながら、またここで頑張ろう!と思えましたし、

 

アンサンブルレッスンを通して、皆さんの成長を感じることが私の喜びとなりました。

 

本当にいい思い出を作ることができたので、これからの音作り・表現に活かしたいです。

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